伊豫豆比古命(いよずひこのみこと)神社は愛媛県松山市にある神社。御鎮座から2300年の歴史がある、松山を代表する古社です。
正式には「伊豫豆比古命神社」ですが、通称の「椿(つばき)神社」のほうが有名かもしれません。椿神社というだけあって、境内は椿モチーフがいっぱいでとても華やかでした。
★伊豫豆比古命神社には毎年旧暦正月8日に行われる「椿まつり」という有名なお祭りがありますが、この記事では触れていません。
伊豫豆比古命神社へのアクセス
神社周辺の案内標識は伊豫豆比古命神社ではなく通称の「椿神社」となっていて、一見さんにはわかりにくいかもしれません。松山市中心部から車で20分くらいの場所にあります。
伊豫豆比古命神社の駐車場
随神門前に参拝者用の駐車場があります。鳥居を通り過ぎて100mくらい進むと、別の大型駐車場もありました。どちらも駐車料金は無料で、合計200台分あります。
奥の駐車場からは直接境内へと続く参道があるので、正面まで戻らなくてもOK。
公共交通機関でのアクセス
最寄り駅から少し距離があるので、車以外で行く場合はバスを利用します。
- JR予讃線市坪駅から2km
- 伊予鉄松山市駅から伊予鉄バス砥部線に乗車し「椿前」バス停で下車、徒歩5分
- 伊予鉄松山市駅から伊予鉄バス市坪・はなみずき線「椿神社前」バス停で下車
伊豫豆比古命神社の御朱印
伊豫豆比古命神社では3種類の御朱印がいただけます。
・正月三が日
・椿まつり(毎年日程が異なるので要チェック)
伊豫豆比古命神社
こちらが本社・伊豫豆比古命神社の御朱印。
勝軍八幡神社
境内社・勝軍(かちいくさ)八幡神社の御朱印。
児守神社
境内社・児守(こもり)神社の御朱印。
伊豫豆比古命神社の御朱印帳
伊豫豆比古命神社には3種類のオリジナル御朱印帳があります。
渋めのデザインの黒、椿がデザインされたさわやかな白、そしてこの「冨久椿(ふくつばき)」というオリジナルキャラクターがデザインされた赤。白の御朱印帳が女性に人気だそうですが、同じタイミングで参拝していた女性も赤をチョイスしていました。
この御朱印帳は表紙の裏に小さなお守りがついていて、「笑門来冨久守護」と書かれています。縁起よさそうなフレーズですね。
▼カバーなしなので、必要な方はご用意ください。11cm×16cmの小さいサイズです。▼
伊豫豆比古命神社の社務所受付時間
社務所受付時間は8:30~17:00までです。
伊豫豆比古命神社について
社伝によると孝霊天皇の御代(紀元前290年~215年在位)に鎮座したとされ、昭和37年(1962年)には御鎮座2250年祭、平成24年(2012年)には御鎮座2300年祭が行われたとても長い歴史がある神社です。
延喜式神名帳に記載がある「伊豫豆比古命神社」に比定される式内社ですが、名神大社の「伊豫(いよ)神社」であるという説もあります。
江戸時代には松山藩主・久松家(松平家)から篤い崇敬を受けたといわれています。
通称の「椿神社」の由来については諸説あり、
「椿神社」「お椿さん」は、松山市内・四国四県で特に敬称を込めて呼ばれていますが、この由来は、『往古、伊豫豆比古命・伊豫豆比売命の二柱の神様が舟山(境内図参照)に御舟を寄させ給い、潮鳴栲綱翁神(しおなるたぐつなのおきなのかみ)が纜(ともづな)を繋いでお迎えした。』との伝説が示すように、神社周辺は一面の海原でありました。『津(海の意)の脇の神社、すなわち「つわき神社」が時間の経過と共に「つばき神社」と訛った。』との学説の一方、民間伝承では、現在も境内一帯に藪椿を主に、各種の椿が自生していますが、「椿の神社」つまり「椿神社」と呼ばれるとの説話があります。
(伊豫豆比古命神社公式ホームページより引用)
公式ホームページでもこのように書かれていました。
- 古代は神社周辺が海だったため、海を表す「津」の脇の神社=つわき神社が椿と転訛した説
- 椿が自生しているので、自然と「椿神社」と呼ばれるようになった説
この2説が有力なようです。
ちなみに松山市の市花も椿で、道後温泉のあたりでも古代から椿が自生していたそうです。椿は松山にゆかりが深い花なんですね。
伊豫豆比古命神社の御祭神
御祭神は4柱で、男女ペアになっています。
- 伊豫豆比古命(イヨズヒコノミコト):男神
- 伊豫豆比売命(イヨズヒメノミコト):女神
- 伊与主命(イヨヌシノミコト):男神
- 愛比売命(エヒメノミコト):女神
古くから商売繁盛、縁起開運の神として信仰されています。
伊豫豆比古命神社の見どころ
伊豫豆比古命神社で個人的に気になる&おすすめの見どころを写真つきでご紹介します!参拝される前にチェックして参考になさってくださいね。
朱塗りの大鳥居
交通量の多い通りに面した、朱塗りの大きな鳥居はかなりのインパクト!
神社から少し離れたところにも県道19号線をまたぐように2つの巨大な大鳥居(東の大鳥居、西の大鳥居)がありました。交通量が多い道路上にあるため写真は撮りそびれましたが、遠くからでも見えるので神社への目印になります。
随神門
朱塗りの鳥居をくぐると、立派な随神門があります。扁額が巨大。
門には左右に木造の随神像が。門に向かって左側が右大臣、右側が左大臣。随神にこれほどしっかりとしたお供えものがあるのは四国ではあまり見かけない気がします。
天井には一面の椿!彩色はないですが、とても美しい彫刻で必見です。よく見るとひとつひとつデザインが違い、とても凝ったものでした。
伊豫豆比古命神社の注連縄は結び目がかわいいです。
随神門をくぐると正面の一段高い場所に社殿が見え、周辺に高い建物がほとんどないので開放感ある眺めでした。
狸が住む御神木
随神門の隣には大きな楠の御神木があります。
御神木の根元は空洞になっていて向こう側が見えます。この楠には「お紅さん」という女の狸の神さまが住んでいるそうですが、お紅さんがどんな狸なのか、詳しい伝承やエピソードなどは不明。狸が住む楠、なんとも四国っぽくていいですね。
御神木の近くには正岡子規の句碑もあります。
句碑に刻まれた俳句は「賽銭の ひびきに落る 椿かな」ですが、達筆すぎて読めないやつ😂
開運の神「椿さん」は、毎年旧暦正月8日の例大祭には参拝客が多く県下三大祭りの一つ。
大昔は「港」のことを「津」(つ)と言い、そのそばにあるから「津脇」といわれたというが、中世末には境内の森は椿が多く、「椿の森」神社といわれ、それより「椿」の名が起こったともいわれている。
子規の明治25年の句で「寒山落木」には「椿神社」と題してあり、鎮座2240年奉祝記念として九十隻極堂の書で昭和31年建立(現地案内板より引用)
椿がかわいい手水舎
楠の手前に手水舎があります。
蟇股(かえるまた)にはひそかに椿の彫刻があります。彩色がなく、あまり目立たないのでよく見ていないとスルーしてしまいますね。
手水舎は社殿奥の駐車場側にもあり、こちらは小さめ。
吐水龍のかわりに、愛媛県の民芸品「姫だるま」みたいな丸っこいかわいらしいお姫さまがいました。
見どころが多い拝殿
伊豫豆比古命神社の拝殿は授与所がドッキングした造りで、授与所の前にはお守りなどの授与品がたくさん並んでいます。奥が社務所になっているのか、数名の神職さんがいる雰囲気でした。
屋根には太鼓のような、打ち出の小槌のような謎の装飾がありました。何だろう?
拝殿の天井は一面のカラフルな椿!白や赤、ピンクなど色とりどりで華やかでした。拝殿はかなり奥行きがあり、椿の絵も奥まで続いています。
拝殿の扁額もゴージャス。「延喜式内伊豫豆比古命神社」と書かれています。両サイドには鳳凰の彫刻がありました。
お参りの前に!
拝殿から一段下がったところにひっそりと小さなお宮があります。
こちらは「奏者社(そうじゃしゃ)」と呼ばれる摂社で、御祭神は潮鳴栲綱翁神(シオナルタグツナノオキナノカミ)。「潮鳴」という響きから、徳島県民としてはなんとなく”鳴門の渦潮”を連想してしまうお名前の神さまです…🤔
伊豫豆比古命と伊豫豆比売命が舟山(本殿に上がる石段途中の左丘のこと)に船を寄せた時、厳頭に纜(ともづな)を繋ぎ、先住民の代表である潮鳴栲綱翁神が迎えられた古事により、万事取り次ぎを頂ける神とされる。舟山の中にあり、伊豫豆比古命神社を参拝する際には先立って、まず奏者社に参拝をする習慣がある。
御祭神のイヨズヒコノミコトとイヨズヒメノミコトがこの地に船を寄せたとき、代表してお迎えしたのがシオナルタグツナノオキナノカミで、万事取り次ぎの神といわれています。この古事に基づいて、参拝前にまず奏者社にお参りして御祭神に取り次ぎしていただくのが習わしだとか。
舟山あります
拝殿へと続く階段の手前には、向かって左側の一角に玉垣で囲われたゴツゴツとしたむきだしの地面があります。
きれいに整備された境内で異彩を放つこの部分、かなり不思議ですよね。実は、これが縁起にも登場する「舟山」なんだとか。御祭神が船をつけて上陸したというあの場所です。
立ち入ることはできませんが、知らないと確実にスルーしてしまうので忘れずにチェックしてくださいね。
玉垣をよく見ると…
伊豫豆比古命神社の玉垣、よく見ると俳句が刻まれています。さすが松山。
玉垣を見ていたおじさんが『長嶋茂雄の俳句がある!』ってはしゃいでいましたが、どこにあるのか見つけられず。。。めっちゃ気になる😂他にも有名人の俳句があるかもしれませんね。
回廊がある神社
伊豫豆比古命神社の拝殿には二重の回廊があります。回廊は絵馬殿を兼ねていて、干支の絵馬などが奉納されています。
内側の回廊を奥まで進んだ社殿内庭神苑には「潮鳴石(しおなるのいし)」という石があり、この石を打って耳を当てると潮騒が聞こえるといわれています。この石にお米を供え、歯が痛む時に供えた米を噛むと痛みが止まるとも。
古代の祭壇という説もある不思議な石で、実物を見て見たかったのですが内側の回廊はいつも開いているわけではなく、閉まっていることもあります。
私が参拝したときも閉まっていたので、外側の回廊を歩きました。山が近く、蜘蛛の巣や虫がいたので苦手な方はご注意ください。
陶器の灯籠
全部ではないですが、ところどころに真っ白な陶器の灯籠が。愛媛県には「砥部焼(とべやき)」という有名な焼き物があるので、これも砥部焼でしょうか。
境内社・勝軍八幡神社
勝軍(かちいくさ)八幡神社には誉田別命(ホンダワケノミコト)、天照大日霊命(アマテラスオオヒルメノミコト)がお祀りされています。
今を去る八百年の昔、蒙古襲来の折、この地方の豪族であった河野一族が防人(さきもり)として出兵し、伝えられる「神風」の加護により大勝の帰路、大分県の宇佐八幡神社の神を勧請し現在に至る。
今は「受験合格」・「必勝祈願」・「武道上達」の神として、参拝者や崇敬者のお参りが多くみられる。(現地案内板より引用)
「祓岩」で厄払い
境内にある「祓岩」では厄落とし、災い除けなどに御利益がある「厄玉」での厄払いができます!厄玉は白くて表面は少しザラザラした触感、拝殿横の授与所にあります。セルフ拝受。
こちらが「祓岩(はらいいわ)」で、勝軍八幡神社の奥にひっそりとありますが、薄暗い場所にあるので若干禍々しい雰囲気でした😂
この「祓」と書かれた岩に厄玉をたたきつけて割るんですが、めっちゃパリーンときれいに割れます。ものすごくスッキリするので、ストレスを感じている方におすすめ💁♀️
お作法については厄玉を授与していただくときに紙に書いたものをいただけますが、現地にも案内板があって詳細に書かれています。
祓岩(厄祓之場)
その身に降りかかった気枯れ(けがれ)やわざわいを祓い清める場所です
祓いの作法
一、「祓岩」の前で一礼します
一、「厄玉」の穴に息とともにケガレを移します
一、わざわいを清め給えと念じます
一、「厄玉」を「祓岩」に投げつけ悪しきものを砕き清めます
一、終わりに祓岩に一礼します
一、最後に勝軍八幡神社をお詣りください(現地案内板より引用)
境内社・児守神社
勝軍八幡神社の隣には児守(こもり)神社があります。児守神社には木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)、天水之分命(アメノミクマリノミコト)がお祀りされています。
木花開耶姫命は、大変美しく天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の皇后となられた御方です。命はご懐妊の際、貞節を疑われたことから証をたてるため、戸のない産屋を建て、周りに火を放ち御出産になられました。そして無事三人の皇子をお生みになられた故事により、安産・母乳・こどもの健康・水徳の神として崇められております。
(現地案内板より引用)
児守神社の向拝にも陶器製の電灯がありました。こちらは御祭神のコノハナサクヤヒメをイメージしてか、桜の模様になっていました✨
児守神社の拝殿も天井がカラフルなお花で彩られています。こちらは椿ではなく、いろんな種類のお花でした。
木造の狛犬
そういえば伊豫豆比古命神社では狛犬を見かけませんが、児守神社に貴重な木造の狛犬が展示されていました。
この狛犬は松山市指定有形文化財となっていて、室町時代末期に作られたもの。400年以上も前の木造のものがこれほど状態よく残っているのはすごいですよね。
境内社・御倉神社
もうひとつ、御倉(みくら)神社もありますが、他の境内社に比べると小さなお宮なので見落としてしまうかも。
こちらの御祭神は宇迦之御霊神(ウカノミタマノカミ)で、いわゆる「お稲荷さん」です。五穀豊穣、商売繁盛、家運隆昌の守護神として信仰されています。
まとめ
伊豫豆比古命神社はご鎮座から2300年以上の歴史があり、松山を代表する神社です。地元では「椿神社」や「お椿さん」として親しまれているので、正式名称では逆に通じない場合も。
開放感のある境内はきれいに整備されていて、見どころには親切な案内板もあり、散策するのが楽しい神社でした。椿モチーフがたくさんあり、”隠れ椿”を探すのも楽しめます。
場所は松山市中心部から少し離れていますが、伊豫豆比古命神社には3種類の御朱印があり、オリジナル御朱印帳もあるので、松山市で御朱印めぐりをするときにはおすすめです。