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津田八幡神社|宮司さんが神社のことを教えてくれる「津田社子屋」に参加しました

雑記

徳島市の南東部、津田西町に鎮座する津田八幡神社では2020年12月から「津田社子屋(つだやしろこや)」と題して、宮司さんが神社や神さまのことをわかりやすく教えてくれる勉強会が開かれています。

社子屋のことについてはnoteのほうで書いているんですが(と言ってもまだ1記事だけだけど😂)、こちらにもまとめページを作っておきます。

noteには構成の都合で書けなかったことをこちらで書いていきますので、ぜひ両方ご覧ください💁‍♀️

「note(ノート)」は無料で使えるブログサービス的なもので、登録していなくても読むことができます。読んでみて面白かったら「スキ」を押していただけるとたいへん喜びます🙆‍♀️✨
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「津田社子屋」って?

津田八幡神社の授与所にも「社子屋」のポスターが貼ってあるので、参拝したときはぜひチェックしてくださいね。2021年2月現在、30人くらいが受講しているそうです。

社子屋は誰でも自由に参加できるので、参加希望の方は津田八幡神社へお問合せください。御朱印をいただくときに参加希望の旨を伝えるとスムーズかも。

【津田社子屋】
・場所:津田八幡神社の拝殿内
・参加費:無料
・開催日:不定期
・所要時間:1時間~1時間30分程度

このご時世なので、密にならないように1回あたり5人程度の少人数で実施しています。開催日は月によって異なりますが、平日の午前・午後、土日祝日の午前・午後のパターンから都合のいい日を自分で選べます。

いずれは津田八幡神社の公式ホームページにも「津田社子屋」で話したことを記載したいとおっしゃっていました。

現在、新型コロナウィルスの影響で社子屋の開催は当面の間中止されています。参加希望の新規募集もストップしているかもしれません。

第1回 神社の成り立ち

第1回は”神社のいろはの「い」”と題して、神社の成り立ちをメインにお話してくださいました。

詳しくはnoteの記事をどうぞ!「#10 津田社子屋へ行ってきた話

「外部リンクは読むのめんどくせぇよ(憤怒)」という方もいるかと思うので、簡単にまとめときますね。以下の内容は一言一句宮司さんのお話のとおりではなく、私の解釈と補足込みなのでご了承ください。

noteでは本物の神職さんからも『わかりやすかったよー』とのお褒めの言葉をいただいたので、内容に間違いはない…はず!

神社・神道は日本古来の独自の宗教。しかし、長らく「神仏習合」の時代が続いたことと、「言挙げ」しないものとされたことで神社や神さまのことが正しく伝わっていないし、誰も知らない。このままでは後世に神社を残すことができない。
言挙げ(ことあげ):神さまのことはむやみに言わない・聞かないものとされ、「神道は言挙げせず」と長らく考えられていました。神道は日本古来の宗教であるため、日本人の生活に深く根づいているものだからいちいち言わんでもわかるやろ的なね。
日本の神さまは自然崇拝や人々の願いから生まれたもの。日本にたくさんの神社がある理由→農業の発達で自然から離れても生きていけるようになったので、各地に新しく集落を作りそこに神さまを招いたから(=勧請・分霊)。神社の90%以上は人が招いたもの。
集落の神さまを見ればその土地の歴史(集落ができたときの産業)がわかる。元・農村なら五穀豊穣の神、元・漁師町なら海上安全の神などが祀られている。古代の人々は生活の糧や生きる術を得るために神々にすがった。
神社は集落のなかでいちばんいい場所・安全な場所に祀られているもの。大災害があっても、生き残った人が安全な場所に移していった。神社がなくなってしまうと、こういった地域の歴史や教訓もすべて失われてしまう。
我々のいちばん身近な神さまが「氏神さま」。氏神さまも、昔々のご先祖たちが何らかの願いによってこの場所にお招きしたもの。観光地の有名な神社にばかり行きがちだけど、地元の神さまにこそ感謝を。特別なことをしなくても、意識する・感謝するだけで神さまは力を発揮できる。
「祓詞(はらえのことば)」という有名な祝詞がある(実演あり)。これはイザナギノミコトが黄泉の国から帰ってきたとき、海でみそぎをする場面を現わしたもの。「祓戸大神(ハラエドノオオカミ)」という4柱の神々が海にいて、人々の穢れを清めてくれる→「水に流す」の語源、「清めの塩」の概念もここから。
神社を参拝するときに手水舎で手と口を清めるのは、「みそぎ」を簡略化したものである。水に穢れを含ませて流すことで清めている。手水をするときは水に穢れが移ることをイメージするとベター。穢れは水溶性
御祈祷のときに「祓詞」を奏上するのも、神さまに話しかける前に穢れを祓うため。
穢れ(けがれ):「人やモノ、心についている悪いもの・良くないもの」の総称であり、日々の生活で蓄積されていくもので、完全になくすことはできない。「疫病」も穢れに含まれる。

同じ第1回の部であれば参加する日程によっての差はないと思いますが、私が参加したときはだいたいこんな感じの内容でした。

赤枠の内容が第1回で重要なこと!
コロナの影響で手水は封鎖されている神社が多いですが、穢れを落とさず神前に立っていることになりますね。いいのかな💦

noteこぼれ話

noteの記事は宮司さんのお話を聞きながらの断片的なメモを元にまとめているので、構成の都合で入れられなかったエピソードもあります。

せっかくなので、ここからはnoteには書いていないことを💁‍♀️

師走は神社が語源!?

参加したのが12月の回だったこともあり、「師走」の語源についても触れていました。

一般的に「師走(しわす)」というと、”12月はお寺のお師匠さんも走り回るくらい忙しい”…というのが語源とされますが、実は神社に関係する説もあるとか。

伊勢神宮の「御師(おんし)」は12月になると新年に向けて神宮のお札を持って全国を周っていたことから、1年でいちばん忙しくなります。

御師(おし・おんし)
特定の寺社に所属して参詣者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする者のこと。

「御師」が「走る」で師走。なるほど。

つい最近、鹿島神宮の「御師」に関するニュースを見ました。

 

鹿島神宮によると、御師は各地を回って同神宮のお札などを配り、信仰を広めていた人物。江戸時代には、同神宮を信仰する人々が「講(こう)」と呼ばれる集団を各地に結成していた。講の代表者は年1、2回、人々に代わって同神宮を参拝し、御師は代表者の受け入れや案内、一緒に祈願する役割を担った。代表者も参拝できない時には、その代わりを務めた。御師はその後、交通網の発達などに伴って姿を消した。1930年頃に御師が奉納した灯籠が同神宮に残っており、これが御師の活動を示す最後の記録という。

 

昔は今のように気軽に旅行はできなかったので、全国の名だたる神社仏閣にはこうして代参のプロがいたようです。

「神無月」は出雲の風習だった

また、この旧暦の月の呼び方から、「神無月(かんなづき)」についても。

「神無月」は旧暦10月のことで、10月になると日本中の神さまが出雲に集まるといわれますよね。神さまがお留守になるから、”神がいない月”で神無月。

逆に、出雲では神さまが集結しているので「神在月(かみありづき)」といいます。へぇー。

しかし、日本全国の神社で秋祭りが行われるのはだいたい10月。ほとんどの神社では秋祭りがいちばん盛大に行われています。

神さまが出雲に行ってお留守なのに、盛大にお祭りをする…なんか変ですよね🤔

ということで、本来は「神無月」というのは出雲だけの風習でした。いつの間にか”出雲中の神さまが集まる”が”全国の神さまが出雲に集まる”というふうに変換され、間違ったまま広まったそうです。

徳島の神社は山間部に集中

徳島県には現在、1301社の神社があります(12月からすでに10社減って、現在は1291社だとか…)。

そのうち、延長5年(927年)に編纂された「延喜式神名帳」に記載がある神社は50社。古い時代の神社は県西部や神山町など、山間部に集中しています。

これは徳島県の沿岸部はほとんどが埋立地で、昔はもっと内陸まで海岸線が入り組んでいたことが理由です。

阿波国分寺があるのも、現在は徳島市の西の端っこである国府町。周辺には古い神社や遺跡などが集中していることから、古代の徳島の中心部は確実に国府町周辺にあったと考えられます。

伊勢神宮の話

宮司さんは26年間伊勢神宮で奉職されていたので、伊勢神宮にまつわるお話がいろいろと聞けます。

伊勢神宮では、今でも神職さんたちはトイレのたびにみそぎが必要だとか。。。

「手水はみそぎの代わり」の流れで、衝撃のお話が。

小の場合は一般的な手水のお作法でOKなんですが、大の場合は下半身全体を清めなければいけないそうです。お腹が痛いときめんどくさいな😂

昔はみそぎといえば真冬でも冷水でしたが、今は温水もOKになりました。ゆとり教育万歳。

第2回 月と暦(こよみ)

第1回の参加希望が思いのほか多く、第1回を予定より増やして2月まで開催したため2月下旬になってようやく第2回が始まりました。

第2回は「月と暦(こよみ)について」のお話がメインでした。日本では長らく太陰暦が用いられていましたが、月の満ち欠けが日本人の生活に深く関係していることや、みんな大好き「陰陽師(おんみょうじ)」についても解説がありましたよ!

詳しくはnoteの記事をどうぞ。「#16津田社子屋へ行ってきた話②

今回もnote読むのめんどい方向けに簡単にまとめときますね。

月は日本人の生活に密接な関係があり、昔の暦は月の満ち欠けを元にしていた。現在の暦である太陽暦は欧米に合わせるため明治維新を境に取り入れられたものである。明治5年12月3日→明治6年1月1日として日本の太陽暦が始まった。
明治維新で大きく変わったものは2つあり、ひとつは暦、もうひとつは「戸籍」。江戸時代までは寺請制度があったので身分証明や戸籍はすべてお寺が管理していた。
暦には「二十四節気」「五節句」「七十二候」「雑節」などがあり、自然の移り変わりを元に季節の変化を知ることができる。農家にとっては種まきや収穫などの目安となる大切なものだった。とくに「立春」が大切で、暦の基準となる日。
暦を作るのは平安時代の官僚組織、太政官に属する陰陽師の仕事だった。主な仕事は月と星の動きを見ることで、陰陽師に対する現在のミステリアスなイメージは完全に創作物によるもの。ほんの20年~30年前までは京都の晴明神社なども閑散としていた。
月といえばツクヨミノミコト。アマテラスとスサノオとは姉弟だが、古事記や日本書紀にもほとんど記述がない謎の神さま。祀られている神社も摂社末社合わせても全国で700社程度とかなり少ない。

noteこぼれ話

今回もnoteには構成の都合で書かなかったことを。

明治維新で変わったこと③

明治維新によって大きく変わったことは、「①戸籍を行政が管理することになった」、「②暦が太陽暦になった」。実はもうひとつあり、「③ナンバ歩きをやめた」。

ナンバ歩きとは右手と右足、左手と左足を同時に出す歩行法で、昔の日本人はこの歩き方をしていたといわれています。実はこれ、ものすごく効率がいい歩き方で、交通手段がない中で昔の日本人が1日に長距離を歩くことができたのもナンバ歩きのおかげ。

義務教育が始まり、「体育」が取り入れられたことで現在のような右手と左足、左手と右足を出す歩き方に変わっていったとか。

ちなみに、徳島の伝統芸能・阿波踊りは男踊りも女踊りもナンバ歩きで進みます。

修行をするのは僧侶です

「陰陽師のオカルトイメージはすべて創作物によるもので、悪霊祓い(?)のようなことはしない。」という話から。

ごくたまに、参拝者の方から「神主さんは修行が大変ですね」と声をかけられることがあるそうで。しかし、修行をするのは僧侶であり、神主は修行はしない、とのこと。

  • 【お寺】僧侶=仏の教えに近づき(=修行)、仏の教えを民衆に広めるのが仕事
  • 【神社】神主=神さまに仕え(≒修行)、神さまに機嫌よくお鎮まりになってもらうことが仕事

いわば、神さまはツンデレお嬢様(お坊ちゃまもいますが😂)で神主さんは執事です。

どんな神さまも「荒々しい面(祟り的な)」と「恵みをもたらす面(五穀豊穣や商売繁盛などの御神徳)」があるので、これはもはやツンデレといって差し支えないはず。

そして、神主さんはいかに御祭神にご機嫌でいてもらうかが重要なので、修行というよりは神さまのお世話がメインです。境内や社殿を美しく清浄に保ち、祝詞を奏上して美しい大和言葉で語りかける…。

祝詞は人々の願いを神さまに伝えるためのものなので、どんな願いなのかを各人にヒアリングし、それぞれ内容が変わるオーダーメイド!

なので、お宮参りや七五三のような行事として確立しているものは予約なしで御祈祷が受けられますが、基本的に御祈祷はほとんどの神社で事前予約制となっていますよね。皆さんの願いがちゃんと神さまに届くよう、ふさわしい大和言葉に変換するための時間が必要だからです。

第3回 古事記と神さま(予定)

第3回は3月に行いたい、と予告がありました。

まだ日程は決まっていませんが、次回は古事記や日本書紀から神さまのエピソードをいくつか紹介する回にしようかなとのこと。

  • 第1回の神社の成り立ちのような「神社・神道・神さまにまつわる基礎知識」
  • 第2回の暦のお話のような「豆知識・雑学」
  • 第3回に予定している古事記や日本書紀に記されている「神話・神さまのエピソード」

今後はこれを順番に行っていく予定だそうです。

 

 

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