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徳島県名西郡|番外札所「杖杉庵」に眠るお遍路の元祖・衛門三郎の物語と御朱印情報

四国霊場

四国八十八か所霊場第12番札所焼山寺の近くには、「杖杉庵(じょうしんあん)」という小さなお堂があります。

ここは四国霊場の番外札所で、お遍路の元祖といわれる衛門三郎が眠る場所。番外札所は無住の小さなお寺やお堂が多いですが御朱印がいただけるところもあり、杖杉庵の場合は焼山寺で書いていただけます。

杖杉庵は焼山寺の近くにあるため、車以外でのアクセスが困難です。
焼山寺山のふもとにバス停がありますが、バス停から徒歩1時間30分かかります。
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杖杉庵へのアクセス

杖杉庵は焼山寺の2kmほど手前にあります。

・11番札所藤井寺から焼山寺までは41km、国道192号線を石井町経由で県道20号線→国道438号線へ

・徳島自動車道徳島インターから焼山寺までは42km、国道438号線を神山町方面へ

・国道438号線からは城西高校神山分校の隣の雑貨店を右折して焼山寺山へ

札所のように案内標識はありませんが、道路にはみ出すほど大きなイチョウの木があり、境内の像も見えるので場所はすぐにわかります。杖杉庵のすぐ隣にはうめぼしの無人販売所があり、手書きの看板も目印になります。

杖杉庵
〒771-3421
徳島県名西郡神山町下分地中174

杖杉庵の駐車場

杖杉庵に駐車場はありませんが、境内に車を停めることができます(駐車料金は不要)。

公共交通機関でのアクセス

杖杉庵の近くには駅がないため、公共交通機関で行く場合はバスを利用します。

  • JR徳島駅から徳島バス神山線に乗車し、「寄井中」バス停で下車(乗車時間1時間10分)→神山町営バスに乗り換えて終点「焼山寺」バス停で下車(乗車時間15分)、バス停から杖杉庵まで徒歩1時間30分

杖杉庵の御朱印

杖杉庵には納経所がなく、ご住職もいないため納経は焼山寺で行っています。納経料は300円です。

以前の杖杉庵の納経印は弘法大師と衛門三郎が向かい合う絵が描かれた珍しいものだったそうですが、納経所が焼山寺へ移るときに印など一式が行方不明になり、現在の文字だけの形になったとか。

杖杉庵の御影

杖杉庵で納経をすると御本尊のお姿を描いた御影(おすがた・おみえ)が無料でいただけます。

番外札所にもカラーの御影があるのかは不明。

杖杉庵について

杖杉庵は衛門三郎終焉の地の伝説が残る場所にあり、弘法大師ゆかりの地として四国霊場の番外札所となっています。

弘法大師が衛門三郎の亡骸をこの地に葬り、杖を逆さまに立てて墓標の代わりにしたところ大きな杉の巨木になり「杖杉庵」という名前の元になりました。

以前は杖杉庵にもご住職がいましたが、現在は無住で焼山寺が管理をしている高野山真言宗のお寺です。

杖杉庵の御本尊

杖杉庵の御本尊は地蔵菩薩。

古くは杖杉庵ではなく、「地蔵堂」と呼ばれていました。

お遍路の元祖といわれる衛門三郎の物語

杖杉庵の縁起で衛門三郎の物語を詳しく知ることができます。

■杖杉庵縁起のあらすじ

衛門三郎の物語は平安時代初期のこと。

伊予国(愛媛県)の名門・河野氏の一族に生まれた衛門三郎はまれに見る大富豪で土地の権力者でしたが、貧しい人々をしいたげて使用人を牛馬のごとくこき使うという傲慢で強欲な性格で、領民からの人望はありませんでした。

あるとき、衛門三郎の屋敷にみすぼらしい旅の僧侶が托鉢に訪れましたが、使用人に命じて追い払いました。

翌日もその翌日も同じ僧侶が現れ、8日目にはついに衛門三郎自ら僧侶を罵倒し、托鉢の鉢をたたき割って手ひどく追い返しました。

その日以降、8人いた子供たちが次々と病気や事故で相次いで亡くなり、打ちひしがれる衛門三郎は追い返した僧侶が弘法大師であったことを知ります。子供たちが亡くなったことは自らの行いの報いであると思い知り、弘法大師に直接懺悔するため財産を処分して妻とも離縁し、四国巡礼の旅に出ました。

今でも歩きでは最短でも40日かかる四国遍路ですが、今とは道路事情がまったく違う平安時代では何倍もの時間がかかったでしょう。

20回四国を巡っても弘法大師に会えなかったため、逆に周ることを思いつきました(これが後の「逆打ち」の原型)。

3回目の逆打ちのとき、12番札所焼山寺の近くでようやく弘法大師に再会することができましたが、衛門三郎は重い病で死の淵にいました。

涙ながらに懺悔すると弘法大師は衛門三郎を許し、『現世の悪行は消え失せた、来世の望みは叶うであろう』と言われました。衛門三郎は『できることならもう一度河野家に生まれたい』と望み、弘法大師が「衛門三郎再来」と書いた石を左手に握らせると息を引き取りました。

天長8年(831年)10月20日のことと伝わっています。

その翌年、河野家に生まれた男の子は生まれつき左手を握りしめたままで開かなかったため、お寺で祈祷したところ手のひらから「衛門三郎再来」の石が出てきました。このお寺が51番札所「石手寺」です。

弘法大師に会うために四国を巡礼したことから衛門三郎はお遍路の元祖といわれ、逆打ちすることで「弘法大師に会いたい」という願いが叶ったことから逆打ちは結願に3倍の功徳があるという由来にもなっています。

また、衛門三郎が亡くなった年はうるう年だったので、うるう年に逆打ちするとお大師さまに会える”といわれていますよ。

四国霊場には杖杉庵以外にも衛門三郎ゆかりのお寺があります。
・46番札所「浄瑠璃寺」は衛門三郎の出身地近くのお寺
・別格霊場9番札所「文殊院」は衛門三郎の屋敷跡に建てられたお寺
・51番札所「石手寺」は衛門三郎再来の石が奉納されたお寺

杖杉庵の見どころ

杖杉庵はとてもコンパクトな境内で、小さなお堂と再会の像、墓石があるのみです。

衛門三郎と弘法大師再会の像

杖杉庵の境内でひときわ目立つ大きな銅像は、お堂のすぐ隣にあります。

死の間際にようやく弘法大師に会って懺悔することができた衛門三郎の悲痛な表情と、手をとって優しく見つめるお大師さまの表情が対照的です。

衛門三郎の墓石

衛門三郎終焉の地である杖杉庵には衛門三郎のお墓があります。

衛門三郎の戒名は享保年間(1716年~1735年)に京都・仁和寺から贈られたもので、墓石には「光明院四行八蓮大居士」と刻まれています。

お墓の後には弘法大師が衛門三郎の墓標代わりに立てた杖から育ったという杉の巨木がありましたが、江戸時代中期に焼失してしまいました。現在の杉の木は二代目といわれています。

衛門三郎の墓石の隣には「四国遍路元祖衛門三郎之碑」と書かれています。

仏像が3つ並んでいる場所のさらに奥にはベンチがあり、神山町の里山の風景が一望できるので休憩にぴったりですよ。

まとめ

番外札所(番外霊場)は正式な八十八か所の札所ではありませんが、弘法大師ゆかりの地なのでお遍路をするならできるだけ巡ることをおすすめします。

番外札所は遍路道から離れた場所もありますが、杖杉庵は焼山寺へ向かう途中にあるので立ち寄りやすいですよ。

歩き遍路の方や逆打ちをしている方は、「お遍路の元祖」「逆打ちの元祖」といわれる衛門三郎に思いをはせてお参りしてみてはいかがでしょうか。

▼杖杉庵の納経を行っている12番札所焼山寺はこちら▼

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