徳島県阿波市|御所神社は四国最大の前方後方墳の上に建つ土御門天皇ゆかりの神社

徳島の御朱印

先日…といってもかなり前の話ですが、御所神社(奥御所神社)をご紹介しました。

徳島県阿波市|土御門天皇終焉の地伝説が残る奥御所神社、御朱印もいただけます
香川県との県境近くの山の中に鎮座する御所神社。この地で第83代土御門天皇が崩御されたという伝説があり、その場所に建てられたもの。寂しげな雰囲気で、神職非常駐の神社ですが書置き御朱印があります。土成エリアには四国霊場のお寺が多く、徳島の御朱印めぐりにもおすすめ。

が、土成町にはもうひとつ御所神社があります!

今回の御所神社は奥御所神社の本務社で、奥御所神社から御所神社までは南へ5kmほどの距離。徳島自動車道土成インターからほど近い場所にあります。

神社は小高い山の上にありますが、じつはこの山は古墳!しかも、日本ではかなり珍しい「前方後”方”墳」で、四国最大級です✨

古墳好きも神社好きも楽しめる、一粒で二度おいしいスポットをご紹介します👌

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御所神社へのアクセス

御所神社
〒771-1507
徳島県阿波市

・徳島自動車道土成インターから3分

表参道と裏参道があり、アクセスが楽なのは裏参道。Googleマップにもある「農村公園」に駐車すると、アップダウンのない平坦な道(ただし砂利敷き)で行けます。

表参道側からは急角度な階段があるので、足腰に自信のない方にはおすすめできません🙅‍♀️

御所神社の駐車場

表参道:駐車スペースあり、無料

裏参道:農村公園の広場に駐車可能、無料

公共交通機関でのアクセス

御所神社は周囲に駅やバス停がなく、車以外でのアクセスは困難。

・JR徳島線鴨島駅から6.8km

御所神社の御朱印

境内に社務所がありますが、神職非常駐

御朱印は拝殿に置かれている書置きのものをセルフ拝受するシステムでした。

左:御所神社
右:奥御所神社

こちらは奥御所神社の本務社ですが、奥御所神社の御朱印はここではいただけません。忘れずに現地で拝受してください。

御朱印BOXに在庫がない場合など、宮司さんに問い合わせできる電話番号の記載がありました。

 

御所神社も参加する、2021年夏詣御朱印めぐりについてはこちら💁‍♀️

夏詣御朱印めぐり|徳島県内の13の神社でいただける!2021年「夏詣」の御朱印まとめ
数年前から耳にするようになった「夏詣(なつもうで)」。6月30日の夏越の大祓のあと、7月・8月に神社に参拝する行事です。近年は夏詣の期間中に特別御朱印を頒布する神社も増えました。徳島では県内13社が参加し、初めて本格的な夏詣御朱印めぐりが開催されるのでご紹介します。

金弊の伝説

当神社の拝殿の正面に立派な絵馬が奉納されています。絵馬には、今から百年余り前の不思議な出来事が書かれています。
明治二十七年の九月のある日(社日)に、神官が神饌をお供えしようと御本殿を開けると、いつもあるはずの五本の金弊のうち、中央の一番大きな金弊だけが一本無くなっていました。
不思議に思いながら数日過ぎたある日、早朝六時頃、氏子が参拝に来ると、にわかに本殿が鳴動し、地震だろうかと訝(いぶか)しく思いながら、空を見上げると濛々(もうもう)たる霧の中から光り輝くものが北西の方角から飛んで来て、当社の二十メートル以上もある古い松の最上枝にとどまったのを見たというのです。確かめてみると金弊が松のてっぺんに直立して刺さっていたのです。
金弊が無くなっているのを知らぬ村人たちは、あれこれ思案しますが、まさしくそれは数日前無くなっていたあの金弊だったのです。
謎につつまれたまま、夕方には、金弊は本殿に戻されたそうです。
こんな不思議な出来事があったことを後世に伝えようと、絵馬に書き記して掲揚されています。
この神社がその昔、「吹越さん」と呼ばれていた頃のお話です。

(案内板より引用)

御所神社の御朱印のデザインは”拝殿にあった金幣(きんべい)のひとつが風で飛ばされ、松の木の上から見つかった”という伝説が元になっているとか!

不思議なお話ですね🤔

拝殿には新しく案内板も設置されていました。

御所神社について

古くは吹越天王と云われ、吹越天王縁起によれば、天禄年間(九七〇年)に高林坊盛尊が讃岐国宇多津浦から吹越天王の尊像を奉じて奉祭の霊地を探求し当地に至り、神のお告げにより岡の上に奉祭せんことを思い、領主原田義富、三木景久と相議り共に願主となり一社を造営し奉斎したものと伝えている。
それを元禄九年(一六九六年)に神宮寺別当順雄は年々宮川内谷川の洪水のため宮地の崩れるを憂い、現在の宮地に奉遷したという。
明治四十一年村社に列せられ、「吉田の天王さん」と近郊の人々に親しまれ、庶民の信仰の篤いお宮であった。大正二年に古吹越神社外廿七社を合祀し、更に昭和三十二年に御所屋敷に鎮座の御所神社をも合祀し社名を御所神社と改め今日に至っている。

(現地由緒書きより引用)

もともとは「吹越天王社」という社名でしたが、土御門天皇の行宮にあった御所神社が合祀されたことから昭和32年(1957年)に「御所神社」と改められました。

歴史的には吹越天王社の時代が長く、創建から1000年以上の歴史がある神社です。

由緒に登場する「高林坊盛尊」という人物は調べた限りネット上には情報がなく、何者かは不明💦はっきりと名前もどこから来たかもわかっているのに、他に情報がないのも不思議。

由緒について、別の文献では

御所神社(吉田字椎ケ丸)は、もと吹越天王社といわれ、牛頭天王を祀り、吉田岡の山にあった。
永祿年間(1558~1570)此の地の有力者原田義富、三木景久によって京都八坂神社から勧請されたと伝えられている。元禄9年(1696)現在地に遷座。氏子は吉田地区全域にわたっており、『徳島県神社誌』によれば350戸を数える。この地域の中心的神社として今日まで尊崇されてきた。
主祭神は素戔鳴命であるが、相殿に土御門天皇を祀り、他に国常立命をはじめ20柱の神が合祀されている。大正2年(1913)村内26社を合祀した結果である。

(「土成町における神社の変遷の概要」より引用)

とあり、こちらでは京都の八坂神社から勧請されたとなっています。こちらの説では永禄年間の勧請ということで、創建から500年ほどということになりますね。

不思議なのが、どちらの由緒にも同じ「原田義富」、「三木景久」という名前があること

時代はまったく違うのに、どっちが正しいんでしょう??🤔

御所神社の御祭神

主祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)と土御門天皇の2柱。

また、由緒によると「国常立命(クニノトコタチノミコト)をはじめ20柱の神が合祀されている」とのこと。

御所神社の見どころ

御所神社で個人的に気になる&おすすめの見どころを写真つきでご紹介します!参拝される前にチェックして参考になさってくださいね。

広大な境内!

古墳の上に建つ神社なので、山一つが丸ごと境内の勢いで広大です!

こちらが正式な参道なんですが、角度がエグすぎる階段がそびえています。階段の先がどうなっているのか、下からだとまったくわからず、不安になります💦

表参道には注連柱と随神門があり、とても厳かな雰囲気ですが、昼間でもちょっと薄暗くて不気味に感じるかもしれません。

表参道側には鳥居がありませんが、高速の高架をくぐって100mほど南へ進むとあります。当時の皇太子殿下(現在の天皇陛下)のご成婚記念に奉納されたもので、比較的新しい鳥居でした。

随神門からの距離がすごい💦

社号標もこちらにあり、昔は今よりさらに広大な敷地だったようですね。

裏参道あり!

【朗報】体力的に階段がきつい方、裏参道もありますよ!

こちら側はフラットなので楽々参拝できます。

表参道とは違って見晴らしがよく、抜け感あり。

青空がまぶしい✨

裏参道にも手水舎と社号標、鳥居や灯籠があります。

こちら側も立派です。

道路沿いながら入り口がちょっとわかりにくいですが、一応目印となる社号標あり。

この広場に駐車できます。

狛犬パラダイス!

御所神社には複数の狛犬さんがいますが、とくに神門前のこの子たちのクセがすごい😂

”徳島県内クセすご狛犬グランプリ”があれば確実にトップ5に入る勢いです。

こちらは拝殿前の狛犬さん。ちょっとマッチョな感じです。

全体的にカクカクした変わったタイプでした。

こちらは裏参道側の狛犬さん。作風的に平成生まれっぽい。

玉取り子取りスタイルで、子供は踏まれてます。

このドヤ顔である。

随神門

表参道に戻りまして。

立派な瓦屋根の随神門は比較的新しい感じでした✨かなり見えにくいので写真はないですが、中にはちゃんと随神さんがいらっしゃいます。

扁額は歴史ある雰囲気の木造でした。達筆すぎて読めないやつ。

文字色が青いのって珍しいですね。

お賽銭箱は随神門にしかないので、上がる前に投入しましょう。たぶん、地元のお年寄りが拝殿までなかなか上がれないから、下からお参りしやすいように置かれているんでしょうね。優しい世界。

エグすぎる階段

単純に階段が長いだけでなく、古い石段なので一段ごとに幅が違い、傾いているので登りにくいやつです。手すりはちょっとグラグラしてたので、頼りすぎると命にかかわります。

「女厄坂(33段)」「男厄坂(42段)」とくれば108段が相場ですが、微妙に108より段数が多かった気がする😂

登りきって鳥居越しに見えた青空がきれいでした✨謎の達成感。

随神門がはるか下に見えます。

上から見ても角度が怖い((((;゚Д゚))))

拝殿と本殿

拝殿も比較的新しい感じでした。

狛犬の両サイドには「左近の桜」、「右近の橘」が植えられています。

横から見た図。

向拝の鳳凰の彫刻がかっこいいです。

こんなところに隠れ彫刻が!

土御門天皇をお祀りしている神社だからか、一般的な菊花紋とはデザインが違うけど16枚の花弁の花(これも菊花紋?)です。

こちらが御本殿。

拝殿は真新しい感じでしたが、御本殿はヴィンテージ感あり。

なぜかかわいいクマちゃんシールが🐻

境内社

御所神社には御本殿の周辺に摂社・末社が4社ありました。お宮は新しいですが、扁額などはなく、どんな神さまがお祀りされているのかは不明です。

御本殿に向かって右側の摂社・末社。

こちらが御本殿に向かって左側の摂社・末社。

どちらも御本殿に近いほうが階段付きでちょっと大きなお宮でした。現地では同じように見えましたが、写真を並べてみると屋根の形とか微妙に違いがあって面白いですね。

合祀のなごり

御所神社の境内には合祀された神社の社名入りのものがいくつかあり、こちらは「御嶽神社」とあります。明治時代のもので、合祀されるちょっと前に奉納されたっぽい。

合祀されて神さまがずっとお祀りされるのはいいことですが、やはり元の神社がなくなることで地域の歴史が失われるのは寂しいものがありますね🥺

こちらは「御所神社」となる前の古い社名「吹越天王」の名が刻まれた灯籠。境内にいくつかありました。

左の灯籠は「吉田村」なので地元の方の奉納、右の灯籠は「撫養」とあり、遠く離れた鳴門の方が奉納したもののようです。

古墳あります!

御所神社があるのは「椎ヶ丸(しいがまる)古墳」という古墳の上!

椎ヶ丸遺跡は宮川内谷川の左岸、標高約90mの河岸段丘上から発見された約25,000~20,000年ほど前の旧石器時代の遺跡である。
1990年(平成2年)に高速道路建設に伴って調査が行われ、多くの石器が出土している。出土した石器は国府型ナイフ形石器などの中とする狩猟具が多く、その他のナイフ形石器をあわせるとこれまでの調査や採集により100点以上のナイフ形石器が出土していることになる。
最も多くの石器が広範囲より出土していることから、県下最大の旧石器時代の集落遺跡と考えられている。

レキシルとくしま「椎ヶ丸遺跡」より引用)

徳島県内では最大、四国でも最大級の前方後方墳で、県下最大の旧石器時代の集落遺跡です。しかし、残念ながら徳島の古墳はろくに調査されてないので、こちらも詳細不明。

椎ヶ丸古墳
年代:不明
全長:75m
・後方部:40m
・前方部:35m

前方後方墳は徳島県だと他に「奥谷古墳」と「丹田古墳(前方後円墳説と前方後方墳説がある古墳)」があり、全国でも二百数十基ほどしか確認されていないわりと珍しいもの。

メジャーな古墳「前方後円墳」は全国に4800又は5200基あるといわれているので、その少なさがわかりますね。

Wikipediaによると前方後方墳のなかで70mを超えるのは34基しかなく、椎ケ丸古墳の「75m」は全国的にみてもかなり大型の部類。

貴重な古墳っぽいのにちゃんと調査しろよマジで。

眺めがいい!

社務所の脇の細い山道を通ると、隣接する神宮寺の墓地に出ます。

そこからの眺めがなかなかの絶景!

御所神社は小高い山(古墳)の上にあり、周辺に視界をさえぎるものがないので眺望がいい!かなり遠くまで見渡せて、眉山も見えました。

まとめ

御所神社は土御門天皇ゆかりの神社。元は「吹越天王社」という社名で、1000年以上の歴史があります。全国的にも珍しい「前方後方墳」の上にあり、古墳好きにもおすすめ!

神職非常駐ですが、書置き御朱印をいただくことができます。

兼務社の奥御所神社まで5kmくらい、車だとすぐ行けるのであわせて参拝してみては💁‍♀️

おすすめのお立ち寄りスポット

御所神社の近くで御朱印がいただける神社仏閣や、あわせて行きたいおすすめスポットをまとめました。

熊谷寺

四国八十八か所霊場第8番札所熊谷寺(くまだにじ)は御所神社から車で3分ほど。

四国霊場最大の仁王門があり、「花のお寺」といわれるほど美しいお寺です。

■熊谷寺のお花の見ごろ
・初春(2月下旬~3月上旬):蜂須賀桜
・春(3月下旬~4月上旬):ソメイヨシノ、モクレン
・初夏(5月上旬):藤、新緑
・初夏(6月):あじさい
・晩秋(11月下旬~):紅葉

個人的なおすすめは桜とあじさい。

神宮寺

明治以前は御所神社の別当寺だったと思われる神宮寺。

すぐ隣にあり、こちらは阿波北嶺薬師霊場の第1番札所なので御朱印もいただけます。

何といっても、神宮寺は「牡丹寺」として有名!

花の見ごろは4月中旬から下旬にかけてなので、ぜひタイミングを合わせて参拝してください。

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